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年表

形成期(大正から昭和初期)

京浜臨海部は明治の後期から埋立造成がはじまり、その後、大正時代に現在の主要工場の大半が立地し、今日の工業地帯の骨格が形成されました。この背景には、第一次世界大戦による世界的な好況や関東大震災を契機とした東京からの工場移転等があります。
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軍需産業展開期(満州事変から終戦)

この時期は戦時統制により、主として既存工業を中心とした軍需産業の振興と生産力の増強が行われました。特に、造船・自動車等が政府の軍事優先の強力な支援により大きな発展を遂げた時期です。
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戦後復興期(昭和20年代から30年代初期)

京浜臨海部は戦時の空襲で壊滅的な打撃を受け、さらに戦後は駐留軍の接収もあり一時停滞しましたが、昭和20年後期の朝鮮戦争の特需を契機とした経済復興により、耐久消費財(機械工業)、材料(鉄鋼、非鉄、非金属)、エネルギー(石油、石油化学、電力)等の各分野での集中的な設備拡充が行われ、日本の高度成長を担う中心的な工業地帯となっていきました。
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成熟期(昭和30年代後半から40年代)

京浜臨海部をはじめとする四大工業地帯の工場集積・人口集中が、大都市地域での地価の高騰、用水不足、交通混雑、公害の発生などの問題を顕在化させるとともに、地方での過疎を生み、いわゆる地域格差問題が生じるようになりました。こうしたことから、工場の大都市集中を規制し、地方への分散を促進するとともに、公害発生の規制、工場の環境施設の整備などにかかる工場制限三法、公害防止関係法が制定されました。この法規制による公害防止施設整備等のコスト増や工場施設の更新の困難性が地域企業の成長力にかげりを落とし始めた時期です。
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安定成長下の模索期(昭和50年代)

オイルショックにより高度成長時代が終わり、安定成長時代となった社会・経済構造の変化の中、不況業種が発生し、企業が新しい事業展開方向を模索した時期です。工場制限三法等の立地規制により工場施設のリニューアルが進まず、工場生産施設の老朽化、社内での相対的地位の低下、あるいはこうした規制を避けるための工場域外移転、それに伴う雇用力・税収の減少等の問題が生じました。
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転換期(昭和60年代以降)

プラザ合意以来続く円高基調、経済のグローバル化の流れ、我が国製造業の海外展開と国内でのリストラクチャリングの中、京浜臨海部は転換期を迎えています。生産機能の集約、操業停止、工場移転の動きの一方で、既存工場は高付加価値型製品の生産への特化とともに、基礎研究、製品企画、研究開発の拠点としての機能を担うようになっています。また、新たな研究開発機能や市場への近接性から物流配送機能の立地がみられるようになりました。
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